トラブルを防ぐ遺言書の正しい書き方

「分けるほどの財産なんてないから、うちは遺産争いなんて関係ない」と思っていませんか?

「相続」が「争続」になってしまうのは何も資産家だけの話ではありません。

裁判にまで発展する遺族の争いはここ25年で2倍に増え、その4分の1は1,000万円以下という金額で起こっています。


遺産相続事件の財産額グラフ(H25)

5,000万円以下が全体の75%を占めています


相続という場では感情とお金が絡み合い、金額に関係なく気持ちの面で対立が起こってしまうことが多いのです。

仲の良かった家族が相続をきっかけに対立してしまうことほど悲しいことはありません。

無用なトラブルを避けるために有効なのは「遺言書を書く」ことです。

この記事では、

  • 「自分がいなくなった後もみんなで支え合い、仲良く生きてほしい」
  • 「私でも遺言書を書いたほうがいいのか知りたい」
  • 「遺言書の準備をしたいが、どこから始めればいいか分からない」

このような方に向けて、「争続をふせぐ」ことに焦点をあてた遺言書の書き方を詳しくまとめました。

遺言書にはどんなメリットがあるのか、作成時の注意点、遺言書を書いたほうがいいケースなどをわかりやすく説明しています。

敷居が高く思われる遺言書ですが、メリットを知ってぜひ取り組んでみることをおすすめします。


争続とは遺産を巡る家族間の争い

「お金を巡って対立するなんてがめつい話だ。これでは故人も浮かばれない。」と思うかもしれません。

でも、以下のようなケースはどこの家庭でも起こりうる話です。

3人の子どもを持つ父は、「わずかなお金だから、法律に従って3等分平等に分けてくれればいい」と遺言書を書きませんでした。
ところがいざ遺産分割の話し合いが始まると、子どもたちは三者三様の立場を主張しはじめました。
  • 次男「長男は大学に行かせてもらったんだから、取り分は減らすべきだ」
  • 長男「大学のことを言うなら、次男は家を建てるときにお金を出してもらったじゃないか」
  • 長女「最後まで嫁に行かずに介護をしたのは私だから、少し多くもらえるはずだ」
  • 次男「わざわざ休みを取らないと実家に行けない距離なんだから、仕方なかったろう」
それぞれの言い分や事情があり、話し合いではまとまりません。
結局3人は、「法廷に判断を委ねれば平等だろう」と裁判を起こすことになりました。


紛争が起こる一番の原因は、「不公平」という感情です。

親は子どもに等しく愛情をかけたつもりでも、子ども側は「私はしてもらってない」「私はこんなに割を食っている」という不公平感を持っているものです。

そして、受けた教育や介護の世話などほかの兄弟と比べて感じる不平等や貢献度は、相続の場で正当に評価されるべきだと思っています。

それが予想外の結果となったとき、「納得がいかない」という主張に繋がるのです。

揉めるのは折り合いが悪い兄弟ばかりではない
遺言書を書かない人の多くが、「うちは家族が仲がいいし、分けるほどの財産もないから大丈夫」、「今から遺言書なんて縁起でもないし、法律どおり手続きしてもらえれば十分」といった意見を持っています。

揉めごとは仲が悪ければ確かに起こりやすいですが、仲が良いから起こらないわけではありません。

なぜなら、実際に相続人となる子どもたちの状況は変化するからです。

まだ独身の頃なら「お金なんていいよ」と言えても、家庭を持ったら教育資金や生活費、お金はどれだけあっても助かります。

そんなときに自分がもらえるはずの権利が侵害されたら、「どうぞどうぞ」と諦められるでしょうか?

また、生前には全然関りがなかった相続人がいきなり遺産を受け取ることになったら、素直に受け入れられるでしょうか?

相続に立ち会う弁護士も、どうぞどうぞという譲り合いはまず見たことがないそうです。

争いは精神的な負担も大きく、決着がついても元の関係に戻ることはほとんどありません。

遺言書を残すことで、このような悲しいもめ事を防ぐことができるのです。


遺言書は家族を争いから守るために書く

遺言書は「どの財産を誰に渡すか」という本人の意思表示で、法的に効力を持ちます。

先ほどの例のように、遺言書がなければ100%、相続人全員の話し合いで分配を決めます(遺産分割協議といいます)。

でももし遺言書があるならば、全員がそれに同意すれば遺産分割協議を回避できるのです。

もちろん誰かが遺言書の内容に異議をとなえれば話し合いになるのですが、その割合はずっと低くすることができます。

なぜなら、「故人の意思は最も尊重されるべき」という思いが家族の中にあるからです。

「でも、元気なうちに遺言書を書くなんて縁起が悪いのでは?」と思う人もいるかもしれません。

それは、「遺書(いしょ)」と「遺言書(ゆいごんしょ)」を混同しているのです。

遺言書を書くメリットは「争いを防ぎ、残された家族を守ることができる」点にあり、役割としてはむしろ生命保険に近いものです。

早くから準備すればそれだけ安心できますし、唯一のデメリットはプロに依頼すると費用がかかることですが、それも自分で書く場合は数百円で済みます。


とくにこんな場合は遺言書を書くべき!

法定相続は「もう何十年も顔を合わせていないから少なめに」とか、「一生懸命最後までお世話してくれたから多めに」といった事情を一切考慮しません。

法定相続人に当てはまれば、その割合に応じた遺産をもらう権利が自動的に発生します。

ですので、「家業で必要な土地は後継ぎ1人に残したい」とか、「離婚した子どもには財産は残したくない」といった場合は遺言書を書く必要があります。

また、法定相続人以外に財産を残す場合や、トラブルになりやすいケースなど、以下に当てはまる場合は遺言書を書くことをおすすめします。

法定相続分を超えた分け方をしたい

  • 妻や長男など、一人に全財産を残したい
  • 独身の娘など、特定の相続人に多めに分けたい
  • 子どもがいないので配偶者に全財産を残したい(親や兄弟には分けたくない)
  • 家業の資産(資金・土地・借入金)を後継ぎに残したい
  • 離婚した前妻の子、婚外子に財産を残したくない

法定相続人「以外」に財産を分けたい

  • 身寄りがいないので、お世話になった人に財産をあげたい(国に財産を渡したくない)
  • 遺産の一部/全部を事業に寄付したい
  • 自分の後にペットの世話をする予定の知人に財産を分けたい

トラブルになりやすいケース

  • 相続人や財産の数が多い
  • 相続人が遠くに住んでいる/行方不明者がいる
  • 相続人の中に高齢者がいる
  • 財産が土地や自宅のみ
  • 二世帯住宅に住んでいる

トラブルとは、遺産分割協議がスムーズにいかないことを指します。

協議には相続人「全員」の承認が必要なため、相続人が多かったり遠くに住んでいるとそれだけで話が前に進みません。

また、相続人が高齢で遺言者よりも先に亡くなった場合、残りの相続人で遺産分割協議が必要になります。

財産が土地のみ、特に二世帯住宅に住んでいるという場合は揉めやすいので必ず遺言書を書きましょう。

「土地のまま受け継ぎたい」、「土地を売って分けるべきだ」という意見の対立が起こった場合、後々わだかまりが残る可能性が高いです。


遺言書の内容には決まりがある

遺言書に書く内容は、主に「財産関係」と「身分関係」についてです。

法的効力があるのは上の2点に限られ、これ以外のことを書いた場合は「本人のお願い」として扱われます。

1.財産関係
  • 貯金
  • 不動産(自宅、土地)・借地権
  • 家業に関わるもの(会社、農地、工場、資金、借入金、株式)
  • ゴルフ会員権
  • 債務・連帯保証人
この項目で一番大事なことは、財産とはプラスだけでなく、マイナスも含まれるということです。

遺産分割が終わってホッとしていたら、ある日突然銀行からの支払い通知が届いてびっくり!

はじめて親に借金があったのを知った。ということは珍しくありません。

ローンや連帯保証人などマイナスの財産についても明記されていれば、相続人は相続放棄をすることもできます。

2.身分関係
  • 子の認知
  • 未成年後見人の指定
遺言書では、婚姻関係にない男女間の子ども(非嫡出子)を認知することができます。

また、離婚や配偶者の死別など1人で子育てをしている場合、子育てを任せる人(未成年後見人)を指定できます。

ほかにも遺言者が墓守として家のお墓や仏壇を管理し、法事を執り行う立場(祭祀主宰者)だった場合、遺言で次の祭祀主宰者を指定することができます。

3.付言事項
  • 遺族へのメッセージ
  • 分割の理由
付言事項には、「なぜこの分け方にしたのか」という理由を書いたり、家族へのメッセージを残すことができます。

法的効力はないものの、遺言を書く人の思いを最も確実に伝えることができる部分です。

紛争防止に効果を発揮しますので必ず書きましょう。

相続の理由だけでなく、「兄弟姉妹で力を合わせて、お母さん(お父さん)を支えてあげてください」「これまで本当にありがとう」といったメッセージは、残された家族の慰めになります。

エンディングノートを活用しよう

遺言書には書けることがある程度決まっていて、お墓のことや、終末医療に関する希望などは書くことができません。

また、遺言書は発見後すぐに開封できないので、葬儀に関する希望などは別に残しておく必要があります。

そういった人生の最期についての希望をまとめておくものとして、「エンディングノート」があります。

エンディングノートは「付言事項」同様、本人の希望をまとめたもので法的効力はありませんが、残された家族が判断に迷うことがなくなります。

ぜひ遺言書とあわせて活用しましょう。


はじめての遺言書なら「自分で書く」のがおすすめ

遺言書には大きく分けて、自分で書く「自筆証書遺言」と、プロに依頼して作る「公正証書遺言」という2つの方法があります。

また、自分で書いたものを役場に預ける「秘密証書遺言」や、特殊な状況下にある場合に認められる「特別方式遺言」というものもありますが、レアケースのためここでは割愛します。

1.自筆証書遺言
遺言の内容、日付、氏名を自書し、押印して作成された遺言書です。

費用もかからずいつでも書くことができますが、必ず全文手書きでワープロは不可。押印も必須です。

最近では遺言書キットも販売されており手軽に取り組むことができます。

書き方に不備があると無効なので、書いた後は必ず専門家に見せリーガルチェックを受けましょう。

デメリットは、発見後に「検認」という手続きが必要で、遺産分割を行うまでに2〜3ヶ月かかることと、紛失の恐れがあるということです。


専門家はだれに頼めばいいの?

遺言書を作成できるのは、弁護士、司法書士、行政書士、税理士などたくさん窓口があります。

このうち誰に依頼しても良いのですが、相続の案件をたくさん受けている専門家を選びましょう。

費用面では、弁護士が最も高く15〜30万円程度。

司法書士が10万円前後で、行政書士や税理士は10万円以下で請け負うところも多いです。

よくわからなければ、弁護士に依頼すると間違いがありません。

実際に法廷の現場を知っており、紛争事例の知識も豊富だからです。


2.公正証書遺言
公証人に作成を依頼し、原本を公証役場で保管できる遺言書です。

証人2人と一緒に公証役場に行き、本人の口述をもとに公証人が遺言書を作成します。

無効になることがなく、検認も不要で紛失の恐れもないという、自筆証書遺言のデメリットをすべてカバーできる優れた方法です。

デメリットは費用が10〜30万程度かかり、作り直しや訂正が簡単にできないということです。

迷ったときは自筆証書遺言を

自筆証書遺言で不備があったら心配だし、公正証書遺言を作って後から直したくなったら費用がかさむ…。

どちらか迷った場合には、まずは自筆証書遺言からスタートするのがおすすめです。

遺言書を作った後も状況や気持ちが変わることはあり、必ず変更したいところが出てくるものです。

遺言書は一度作って終わりではなく、毎年見直して更新していくのがベストです。

何度も練り直してこれ以上変更はない。と思えたときに改めて公正証書遺言を作成しましょう。


自筆証書遺言の例

自筆証書遺言は、実際にはすべて手書きで記載します。

遺言書の書き方サンプル

法的に無効にならないためのポイントは3つ。
  • 全文自筆で書くこと
  • 作成した日付、署名、押印(なるべく実印)を入れる
  • 誰に何を相続させるかを書く

また、入れるとよい項目は、「相続人が先に死亡した場合の受取人(第1条)」、「負債などマイナスの財産(第3条)」、「遺言執行者(第5条)」と「付言事項」です。


1.相続人が先に死亡した場合の受取人
相続人が遺言者よりも先に亡くなった場合、その財産は残りの相続人全員の話し合いにより分配されます。

これを避けるにはあらかじめ、相続人が先に亡くなった場合の相続人を指定することができます(予備的遺言と言います)。

配偶者や兄弟など、相続人が高齢者になる場合は入れておくほうが良いでしょう。

2.負債などマイナスの財産
住宅ローンの残債、家業の借入金、連帯保証人などは子どもに残したくない財産ですが、明記しておけばトラブルを防ぐことができます。

負の財産は、相続財産との相殺で支払うか(限定承認)、プラスの財産を含む一切の財産を放棄する(相続放棄)ことができます。

隠していても金融機関からの請求は必ず相続人に行きますので、家族に迷惑をかけないためにも書いておきましょう。

3.遺言執行者の選任
遺言執行者を指定することで、相続に関わる手続きを代表して進めることができます。

親族だけでなく知人友人から選ぶこともできますが、諸手続きは煩雑なうえ、適当に決めるともめてしまうこともあります。

中立的な立場にある弁護士などの専門家を指定すると間違いがありません。

近しい人から選ぶ場合は、事前にお願いして許可を得ておくほうが良いでしょう。

4.遺留分の侵害に注意
どうしてそのような分け方にしたかを説明する「付言事項」には強制力はないものの、紛争防止に効果を発揮しますので必ず書きましょう。

先ほどの例では「遺留分の主張はせずに…」とありますが、遺留分とは平たく言うと「自分の分を取り返せる権利」のことです。

遺言で「財産の大部分である不動産を妻に残す」とあっても、法定相続人である息子は「自分の受けるべき分は返してほしい」と言うことができるのです。

つまりこの場合、「長男の分け前が少ないから取り返す権利はあるけれど、母さんのために今は我慢してあげてね」というお願いをしていることになります。

もめる原因になるので遺留分を侵害しないことが一番ですが、特別な事情や思いがあって差をつける場合は、付言事項にて「なぜこの分け方なのか」という説明を必ず入れましょう。

その他の注意点
遺言書には、預金や不動産、借金を含む全財産についての分配を書きましょう。

よくあるのは「不動産を〇〇に相続させる」と、財産の一部についてだけ書かれた遺言書です。

この場合ほかの遺産が見つかれば、遺産分割協議で分け方を決めることになります。

話し合いはなかなかまとまらないうえ、遺言書で相続を指定された人は残りの遺産分割で不利になる可能性もあります。


こんなときどうする?

認知症になったら

遺言書を作成する条件には「判断能力があること」が挙げられます。

そのため、認知症などを患い判断能力が低下していると判断された場合、その遺言書は無効になります。

遺言書が有効かどうかという問題はトラブルになりやすいため、遺言能力があるという医師の診断書を取っておくことが最も重要です。

証人のもと作成された公正証書遺言であっても、裁判で争われるケースもあります。

ペットの面倒を見て欲しい

ペットが財産を相続することは認められていませんので、そのお世話を誰かに託す、または財産を譲るかわりに世話を依頼する(負担付遺贈)ということになります。

ただし、私に代わって大事にお世話をしてください。と書いても、その人がどの程度親身に世話をするかまでは強制できません。

遺贈する相手には事前に合意を取り、お世話をお願いしておきましょう。

保険の受取人を変更したい

遺言者では、保険金の受取人を変更することができます。

例えば、「契約時は前妻を受取人にしたが、今の妻が受け取れるようにしたい」という場合に使えます。

注意点は、前の受取人が遺言の執行よりも早く保険金請求を行った場合は、そちらが有効になることです。

変更後の受取人は保険金を受け取ることができず対立の元となるため、できる限り生前に変更しておきましょう。

遺言書に早すぎるということはない

「遺言書はいつから書けばいいの?」というのは多くの人が悩むところです。

でも答えは、「迷ったときがタイミング」です。

男性ならば家長の立場にあれば、もしもに備えて家族のために遺言書を作りましょう。

「主人が作っているから私は…」という人も、60歳を過ぎたら一度は書いてみるべきです。

遺言書は一度で出来上がることはまずありませんし、必ず直したくなるものです。

面倒だから書かない。というのは家族に問題を丸投げするのと同じです。

元気なうちに取り組むことでよりよい内容に成熟させることができますし、病気になったらもっと書けません。

それでも遺言書を書くことのハードルが高いと感じるときは、まずはエンディングノートからはじめてみましょう。


一番のトラブル防止策は心のケア

多くの場合、裁判で勝ったとしても大きなお金は残りません。

それでも裁判まで行ってしまうのは、やはり気持ちの問題なので簡単に引けない。というところがあります。

トラブルを防ぐために遺言書を書くことは家族への愛情です。

本人の意思を残すことで、家族に気持ちを伝えることができます。

残された家族に思いを正しく伝えるためのポイントは3つです。
  1. 付言事項には相続の分配についての説明を入れること。
  2. せっかく書いた遺言書が無効にならないように、専門家と協力して作ること。
  3. エンディングノートを併用して思いの丈を残すこと。
そして一番大事なことは、普段から家族でエンディングノートのことを話し合うことです。

配偶者や子ども達、大切な家族へのありがとうを伝えましょう。

「自分だけが苦労していて、あいつは何もしていない」「私にも事情がある中で精一杯やっているのに」

それぞれの立場で抱える気持ちがあり、そこに良い悪いがないからこそ裁判まで行ってしまうのです。

ねぎらいの一言があるだけで、「お互いによくやっているよな」「自分の苦労をわかってくれている」と思えるものです。

遺言書で余計な苦労をかけないことも大切ですが、感謝を伝え、家族の絆を取り持つことが一番効果的な紛争対策です。